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あいち熊木クリニック院長熊木徹夫の精神科無双夢想 ~<あいち熊木クリニック>開設、その後~
院長である精神科医の熊木徹夫と、建築家の筧清澄が、 臨床と建築に対するそれぞれのこだわりを、余すところなく出し尽くす場としてのブログです。


プロフィール

熊木&筧

  • Author:熊木&筧
  • 熊木 徹夫

    2007.07「あいち熊木クリニック」開設


    筧 清澄
    1968 06 10
    1998 筧建築設計開設

    筧建築設計
    名古屋市中村区下米野町3-29
    k-kakehi@za2.so-net.ne.jp
    TEL/FAX 052-451-9976



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『テニスできないなら死んでも一緒(3)』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

▼△▼----------------------------------------------------------------

『テニスできないなら死んでも一緒(3)』

~「精神科薬物の「官能的評価」~感じるまま薬を語ろう!」(臨時1-3)~

--------------- http://www.dr-kumaki.com ---------------------△▼△


A:<3;ナルシシズムをもってナルシシズムを制す>


そして出た結論。

それが別れるということであっても、そうでなくても、
あなたがこれ以上いらだたなくてすむ、とっておきの方法を教えましょう。


[別れたくない場合]

「やっぱり俺は何やらせてもあかんねん・・・」

「そんなことないわ。
あなたはまだ本当の自分の才能がどこにあるか、知らないだけ」

「こんなダメな俺をしかってほしい」

「こんなことあなたに言わせてしまうなんて、私はなんてダメな女なの」

「もうこの先、長くないかもしれん。
脳腫瘍できてるし、記憶も飛ぶんや」

「私があなたを決して死なせはしないわ」


[別れたい場合]

「やっぱり経営学部の方がよかった」

「あなたの人生の選択で、力になれなかった私ってダメな女・・」

「おまえやまわりに、それが逃げやと言われるなら、逃げてもいい」

「あなたの人生だもの。あなたの行きたいところへ行くべきよ」

「このまま、好きなテニスだけして死にたい」

「あなたが死ぬのを見届けるなんて、私耐えられない。
あなたの知らないどこか遠いところへ行くわ・・
(と、フェードアウト)」


毒をもって毒を制す。

ナルシシズムをもってナルシシズムを制す。

名付けて、「ナルシストごっこ」。

悲劇のヒーローとヒロインが、自らの不幸ぶり・ダメっぷりを競い合う。

(この方法で一緒に"遊べる"なら、彼にはまだ見込みがあります。

でも延々続いていきそうなら、あなたの飽きたときがやめどきです)

彼に対抗するには、これしかありません!

どうぞ恋愛を楽しんでください!


(おわり)

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/

『テニスできないなら死んでも一緒(2)』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『テニスできないなら死んでも一緒(2)』

~「精神科薬物の「官能的評価」~感じるまま薬を語ろう!」(臨時1-2)~

--------------- http://www.dr-kumaki.com ---------------------△▼△


A:<2;つきあうことの損得を考える>


ただ、ひとつ分からないことがあります。

<やっぱり彼のことを好き>とあなたが言われる理由です。

残念ながら彼の魅力が、私を含めた読者
(全員であるかどうかは分かりませんが)
にはピンとこないのです。

そこで提案。

1-(1)なぜ彼を好きになったのか
    (彼の外見や態度における長所について)

 -(2)なぜ彼を好きになったのか
    (あなたの内発的な事情について)

2-(1)なぜこんなになっても、今も彼が好きなのか
    (彼の外見や態度における長所について)

 -(2)なぜこんなになっても、今も彼が好きなのか
    (あなたの内発的な事情について)

を思いつくままに書き上げてみてください。例えば・・

1-(1)硬式テニスの県内大会の決勝を見にいったとき、
    彼の打ち込んだファーストサービスが強烈だった。

 -(2)前の彼と別れたばかりで傷心の私は、
    このファーストサービスで、こころを打ち抜かれた。

2-(1)「俺はダメだ」を連発する彼の打ちひしがれ方は、
    何かにおびえる子うさぎのよう。

 -(2)なんだかかわいそう。
    彼を私の力で立ち直らせられたら、
    今までよりもっとお互いの愛が深められるだろうに・・

という具合です。

もし、2-(1)・(2)がまるで思いつかないという場合、
あなたは無理に彼を好きでいようと努めているだけ、
ということになりますから、別れに迷いはいりません。

では、2-(1)・(2)がキチンと書き出せた場合。

3 なぜ今後あなたの付き合うべき相手が、他ならぬ彼でなければならないか

についても、考えてみてください。

この思考検証の際、あえて彼とつきあうことの
"損得"(メリット・デメリット)を考えてみてください。

"そんなこといっては、みもふたもない"と思われるかもしれませんが、
善悪良否だけでものを考えて膠着してしまったときに、
それをほどくには、このような方法しかありません。


(つづく)

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/

『テニスできないなら死んでも一緒(1)』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『テニスできないなら死んでも一緒(1)』

~「精神科薬物の「官能的評価」~感じるまま薬を語ろう!」(臨時1-1)~

--------------- http://www.dr-kumaki.com ---------------------△▼△


Q:彼氏のことで相談します。

私の彼氏は、関西の某国立大学経済学部の2年生です。
(ちなみに私は、彼より一つ年上で、別の大学の理工学部3年生です。)
中学から硬式テニスに熱を入れていて、高校ではキャプテンまで務めました。
大会等でもいい成績を残し、勉強の成績も上のクラスでした。

その時はみんなを見下しているような雰囲気で、
「自分は何でもできる!!」という
過剰な自信を持っていたように感じられました。

しかし、高校2年の時に「不整脈」と診断され、
"運動するな"と医者に言われてから自暴自棄になり、
「死ぬ」「もう俺はダメだ」などと言い出すようになりました。

とはいえ、一日寝たら忘れる性格なのか、考えないようにしているのか、
すぐに元気になり、遊びではありますがテニスもずるずる続け、
すんなり大学にも合格しました。

心臓の検査でひっかかるので、部活に入ることができなかった彼は、
その時趣味だったサッカーのサークルを立ち上げ、仲間を集め、
それなりに楽しんで活動しているようでした。

電話で「今日は○○に勝った、自分は何点いれた」などうれしそうに話すので、
これでやっと心のよりどころをみつけたか・・と思っていました。

しかし、1年の夏休み頃から
「海外に行きたい」
「やっぱり経営学部の方がよかった」
「やっぱり俺は何やらせてもあかんねん・・・」と言い出し、
私が励ましたり、替わりの案をだしても、
結局「心臓が悪いからできない」と言うようになりました。

「それって結局逃げてるだけやん。」と言うと、
「経済勉強してても何も役にたたない。
それが逃げやと言うなら俺は逃げててもいい」と言うので、
転部を薦めたんですが、
ずるずる手続きもしないまま期限が過ぎ、
結局経済学部のまま、2年生になりました。

2年生になり、だんだんごまかしでは単位が取れなくなってきて、
「授業にも出てないし、テストも受けてないから単位ヤバイ」
などと言い出しました。

前々から「留年したら別れる」と言ってあるので、
本当にテストを受けてないことはないだろう、と思ってました。

(実際成績表を見ても、ちゃんと単位をとっているし、良や可は多いけど、
優もそれなりにあった)

ここ1ヶ月の彼は
「俺は高校の時から勉強が嫌いやったけど、できるからやってきた。
頭のできもよかった。親の為もあった。でも、高校止まりや。
本当にこの頃勉強したことも頭に入らんし、内容も理解できない。
以前やったら分かるようなことも全くわからない。
単位がとれてる教科も、結局はカンニングしたやつやもん。

ちゃんと勉強して、完璧やと思ってても全くできない。
もうだめ。嫌な事はやりたくない。
テニスだけやりたい。
でもブランクが二年あるし、場所も相手になってくれる人もいない。

もうプロは無理。しかも心臓が悪いからもうすぐ死ぬ。

もう俺はこの世界から消える」というようなことを繰り返し言います。

「もう本当にやり残すことはないの??もう悔いは残らない?」と聞くと、

「もう何もない。テニスできないなら死んでも一緒」と言います。

「じゃあ、テニスして死ねばいいじゃん」と言うと、
また先に書いたように「する場所がない・する人がいない」の繰り返し。

すべてやる前に否定から入るので、私もカッとして、喧嘩口調になり、
そこで話し合い(?)は終わってしまいます。

しかも、この頃は「脳腫瘍ができてる」「本当に記憶が飛ぶ」ということも
言い出し、どうすればいいかわかりません。

一緒に病院行って、頭と心臓をちゃんと調べてみようと言ってみるんですが、
「結果を知るのが怖い」「俺は弱虫や」と言って行きたがりません。

精神病院なんてもっての他。

彼は根が真面目で小心者で、プライドが高く、自分の理想像を作りながら、
後で恥をかかないように伏線を張り、生活しているように見えます。

他人から「そんなことないよ」と言ってもらうために
自分を過小評価しているようにも見えます。

彼は以前「虚勢を張っていないと自分を保てない」とも言ってました。
彼の親は、彼に大変優しく、滅多に怒りません。
怒る対象としては、心臓に負担をかけることや、礼儀などについてくらいです。

しかし誕生日などに、サッカーウェアやスパイクを買ってあげていたりと、
やはり甘いです。
(ちなみに、彼の家庭と私の家庭では交流があり、とても仲がいいのです)

時々、会っているときに、
わざと私を怒らせて「もっと怒って」と言ってくるときもあるので、
もしかしたら「死ぬ」と言ってくるのも、怒られたいからなのかな、とも
考えるんですが、どうもそうではないようなのです。

今まで3ヶ月置きくらいに「死ぬ」と言ってきていたのが、
間隔が狭くなってきていて、私も彼に何て声をかければいいのか、
どうすればいいのか分からなくなりました。

何か彼を前向きにしたり元気にするような言葉をかけたり、
行動をしたいんですが、
すべて彼の上を素通りしている状態なのです。

心理学の本など見てはいるんですけど、
分かったような、結局何も分からないような感じになってしまい、
友人に相談しても、「何でそんな人と付き合ってんの?」
「早く別れたほうがいいよ」と言われ、参考になりません。

(別れるという選択もあるのですが、やっぱり彼のことを好きなので、
私が何とかしたいです)

自分の考えが間違っているのか、冷静に考えられているかも分からず
先生にメールで相談しました。

こんな彼にびしっと、
人生はそんな甘くないということを分からせるような
言葉や行動はないんでしょうか。

何かいいアドバイスをお願いします。



A:<1; 支えようとすると、甘えを助長>


ダメっぷりここに極まれり、というところです(笑)。

あなたは、<心理学の本など見てはいるんですけど、
分かったような、結局何も分からないような感じになってしまい>と
言われていますが、なんのなんの、とても正確に彼のことを把握されています。

<彼は根が真面目で小心者で、プライドが高く、自分の理想像を作りながら、
後で恥をかかないように伏線を張り、生活しているように見えます。

他人から「そんなことないよ」と言ってもらうために
自分を過小評価しているようにも見えます。>

ということですが、その通りだと思います。

「留年したら別れる」とか
「じゃあ、テニスして死ねばいいじゃん」とか
ちゃんと釘をさすことも忘れていません。

しかし、そのような厳しい言葉からも
回避するルートが周到に用意されており、
結局"ぬかに釘"で、終わってしまっています。


<友人に相談しても、「何でそんな人と付き合ってんの?」
「早く別れたほうがいいよ」と言われ、参考になりません。

(別れるという選択もあるのですが、やっぱり彼のことを好きなので、
私が何とかしたいです)>

私も別れるのが一番だと思います。
(あなたは彼から離れていかないだろうということが、
彼にはどうやら分かっているようです。
それが甘えを助長させていることは、否めないと思います。

一人前の男(になるかどうか分かりませんが)にするためには、
別れるのがベストな選択だというのは、そういうことです。

ただし、別の女性が登場してきて、
彼をまた甘やかしてしまうかもしれませんが)

でも、あなたが別れたくないのですから、仕方ありません。

あるいは、別れないまでも放っておけばいいと思いますが、

<こんな彼にびしっと、
人生はそんな甘くないということを分からせるような
言葉や行動はないんでしょうか。>

ということですので、
彼におせっかいをやきながら付き合う方法を考えねばなりません。


(つづく)

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/

『クローゼットから溢れる洋服(5)』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『クローゼットから溢れる洋服(5)』

           ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(19-5)~

--------------- http://www.dr-kumaki.com ---------------------△▼△


A:<5;あなたは本気でこの現状を変えたいですか>


今後具体的にどうされるといいか、私の考えを述べましょう。

最初に"困りきれていない"印象と言ったのですが、
これは例えば、買い物が過ぎて借金をしまくり首が回らなくなるとか、
のんだくれて家人を殴り一家離散となるといった
"どん底"を見ていないということです。

"どん底"を見ると、どんなひどい嗜癖にも、ブレーキがかかります。

しかし、あなたは夫婦共働きで、
義父母からの生活支援も受けられている様子。

ある意味、このような恵まれた環境では、
嗜癖にブレーキがかかりにくいのです。

いろいろ心配してくれている御主人の優しさも、
ここでは"あだ"になっているかもしれません。

(もっとも、お互いに深く介入しあわないのが、
家庭内の暗黙のルールになっているのかもしれません。

もしくは、あなたや家族の現実に直面化することが、
彼にとって面倒なのか、あるいは怖いのか・・
ということもあるかもしれません)

<自分でも主人に何を話せば良いのかわからなくなってしまいました。>

これまでに"どん底"を見られていないのは、もちろんいいことです。

しかし今後、底なし沼へずぶずぶ入っていってしまう
危険もあることでしょう。

御主人があなたの諌め手となれない今、
第三者として精神科医に介入してもらうのが、いいかもしれません。

とりあえず、先述の行動療法の"契約"を
精神科医と交わすことをお奨めします。

(身内では手心が加えられてしまうので、"罰"がうまく機能しません)

この際、最も大切なことを言い添えておきます。

あなたは本気でこの現状を変えたいですか。

力強く"はい"と答えられないなら、どんな治療もうまくいかないでしょう。

本当に"懲りる"こと、そこまでいかなくても、
ひどい未来を想定して"それは絶対嫌だ"と感じられること、
治療はそこから始まります。
(そして同時に、問題の半分はクリアしたともいえます)

この治療の成否は、まさにあなたにかかっています。

そしてそのような外からの手を借りながら、
もう一度あなた自身が、ご家族やお仕事との関係を見直してみましょう。

膠着状態にあるように思えた様々なことがらが、
少しずつ動き出していることに気づくことでしょう。

精神科医の介入を提案しましたが、
一番大切で最後の最後に助けになるのは、やはりあなたの家族です。

今後の新しい展開に期待しています。


(補記:実は、嗜癖行動に対する精神科治療の導入については、
別の難しい問題があります。

買い物依存程度ならいいですが、
社会のモラルから大きく逸脱する人物
(たとえば、小児性愛がらみの犯罪者など)に
認知行動療法を奨めたりする発想には、
やはり問題があると思います。

行動療法自体の実践では、善悪良否の概念が棚上げにされています。

治療の前にまず本人のモラルを問い、
その言動の"矯正"が必要なケースもあることは、
留意しておくべきかもしれません)


(おわり)

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
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『クローゼットから溢れる洋服(4)』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『クローゼットから溢れる洋服(4)』

           ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(19-4)~

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A:<4;ある程度の嗜癖は、誰にもある>

ところで嗜癖は、限られた人だけのものでしょうか。

おそらくそうではないと思います。

ある程度の嗜癖的行動・嗜癖の対象物は、誰にもあるでしょう。

ただそれが、社会生活を営めないほどのものであったり、
はなはだ有害なものである場合だけ、問題とされるのです。

しかし、嗜癖に陥りやすいタイプというのはあります。

1:快楽に身をゆだねることに躊躇なく、すぐ没入してしまう人

2:スリルを求め、それに酔いやすい人

3:何に関わっても極端で、バランスの悪い人

4:近視眼的で視野が狭く、チェックがかかりにくい人

5:どこか投げやりで、自我のコントロールを安直に放擲する人

6:実生活でのストレス処理が苦手で、日常空間から逃避する人

などが、それに当たります。

(では、極めてストイックな人はどうでしょう。
こういう人は、自分で制御できないものを極端に嫌います。

それで、ジョギングをしたり、滝に打たれたり。

快楽や欲におぼれないという意味においては、
嗜癖的ではないように見えますが、
これもやり過ぎるのは実は嗜癖です。

ランナーズハイなどは、
走りすぎると脳内麻薬のエンドルフィンが
放射されることによりおこる一種の快楽体験です。

ワーカホリック(仕事漬け)も、
苦痛であるような仕事でもやり過ぎると
嗜癖になるというものです。

何でも、やり過ぎ・入れ込み過ぎはまずい、ということです)

買い物依存がひどくなると、買い物をしている際に恍惚状態になり、
後でそのプロセスを覚えていないということが起こってきます。

(先に指摘した離人感とつながってくるところです)

また一般的に、嗜癖はうつ状態を並存させやすいということもいえます。

(特に、陶酔体験から現実に引き戻されたとき、
その落差からうつ状態が引き起こされる印象です)

またあなたの場合、
ワーカホリックという別の嗜癖もあるかもしれません。

(つづく)

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/

『クローゼットから溢れる洋服(3)』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『クローゼットから溢れる洋服(3)』

           ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(19-3)~

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A:<3;条件反射のかたちを変える行動療法>


では、この人間の条件反射のかたちを変える
有効な手立てはないものでしょうか。

実はあるのです。行動療法がそれです。

これはいわば、"しつけ"療法です。

大雑把にいうなら、
嗜癖となっている体験Aを我慢できた場合、"賞"が与えられ、
体験Aを我慢できなかった場合、"罰"が下るシステムを、
治療者に設定してもらい、
それをきちんと履行する契約をするのです。

("賞罰"の設定にはもちろん、患者さんが主体的に関わります。
その人にとって"賞"となるもの、
"罰"となるものがそれぞれ違いますからね。
これが犬の場合と一番違うところです)

行動療法は、これまであった社会生活に
適応的でない有害な条件反射を、
別の社会適応的で害の少ない条件反射のかたちへ、
置き換える手法です。

もちろん、嗜癖の治療はこれだけではなく、
精神療法(例えば、認知療法)も有効ですが、
この行動療法的アプローチは避けて通れないものです。


(つづく)

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
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臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/

『クローゼットから溢れる洋服』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『クローゼットから溢れる洋服』

           ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(19-2)~

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A:<2;嗜癖は、やや複雑な条件反射に過ぎない>


依存とは、最近は嗜癖という言葉で説明されることが多いです。

嗜癖とは、ある体験が特別な快楽をもたらした後、
その時の記憶が頭を離れず、その快楽を再度引き出すために、
その体験を繰り返そうとすることを指しています。

すなわち、自ら条件づけた快楽のかたちに"ハマって"いくことです。

1:アルコールやシンナー・覚せい剤、そして向精神薬の一部など、
物質がもたらすもの

2:買い物やギャンブルなど、そのプロセスがもたらすもの

3:恋愛・宗教など人間関係のあり方がもたらすもの、

などに大別できますが、いずれにせよ、
快楽が伴うものであれば、何だって癖づけられます。

(快楽の中枢は、脳幹部中脳にあるとされていますが、
実際に快楽のかたちを決定するのは、大脳だとされています)

心理学者の岸田秀氏が「人間は本能の壊れた動物だ」と
規定していますが、
これは「人間の言動は、大脳という高次脳に
規定されている部分が極めて多い」
と言い換えることができるでしょう。

大脳は、本能をゆがめ、
快楽のあり方に多くのバリエーションをもたらすのです。

ソビエト連邦(現ロシア)の生理学者パブロフが、
犬を使って行った有名な実験があります。

犬は食べ物を前にすると、よだれを流します。
しかし、ベルの音を聞いても、よだれは流しません。
そこで、食べ物を見せながらベルの音を聞かせてみると、
よだれを流します。

それを何度も繰り返した後、ベルの音だけ聞かせただけでも、
よだれを流すようになるというものです。

これにより、犬には条件反射が"学習"させられる
ということが証明されたのです。
犬が食べ物を前にしてよだれを流すのは、本能によります。
しかし、上のような"学習"過程を経て、
ベルの音を聞いただけで、よだれを流すようになったのは、
本能とは別に、快楽やそれに対しての
欲望を感じる回路が作られたことを意味します。

仮にあるレバーを引くと、ベルがなるような仕掛けを作っておきます。

ベルの音を聞くと気持ちがいい、と感じるようになった件の犬が、
ベルの音を聞きたくて自らレバーを引くことを繰り返すようになるなら、
(こんな利口な犬がいるかどうかは別として)これは嗜癖といえます。

すなわち、パチンコ台から激しく流れ出る玉の音を聞きたくて、
パチンコ台から離れられなくなる人は、この利口な犬と同じです。

そんなバカな!犬と一緒にするな!という人がいるかもしれません。

しかし、嗜癖というのはやや複雑な条件反射に過ぎなくて、
それほど高等な精神的営みとはいえないのです。

(裏を返せば、嗜癖は動物的本能に根差す部分が大きいため、
それを理性的に統御するのは難しいのです)


(つづく)

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
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臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/

『クローゼットから溢れる洋服』1
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『クローゼットから溢れる洋服』

           ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(19-1)~

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Q:熊木先生、初めまして。

38歳女性で、3人の子供がいます。
昨年の5月あたりから、自分の感情がわからなくなり、
喜怒哀楽の区別ができなくなりました。

自分の周囲全てにフィルターがかかり、
子供達の成長すら他人事という感じです。
表情も乏しくなり、いつも「顔色が悪い、疲れているようだ」と
職場の同僚からも指摘されます。

現在パキシル(パロキセチン)40mgと
メイラックス(ロフラゼプ酸エチル)1mgを服用しております。

ここ数ヶ月間は特に買い物に走るようになり、
今まで手にしたこともない毛皮や宝石類・高級ブランド品を
ためらいもなく買うことが多くなりました。

服もクローゼットに一杯になってもまだ買ってしまう状態です。

経済と家庭の破綻をきたす前に、何とかやめたいと思いながらも、
銀座などに行き、目につくと殆ど衝動的に買ってしまいます。

職場で、外面だけは良くても下にはとても威圧的で
管理志向の強烈な人事査定権を持つ上司とあまりうまくいかないことや、
最近、10年間一緒に仕事をしてきてツーカーの仲だった先輩社員が
異動で離れ離れになったこと、
それに職場の同期の中で一番昇進が遅れていることも原因かもしれません。

家庭内では、同居している舅姑とは
朝の出掛けと帰宅時に挨拶をするだけです。

主人はいろいろ心配してくれるのですが、
お互い仕事と家事と育児に忙しく、
ゆっくり話したいと思っても思うに任せない状況です。

そんなことを繰り返すうちに、
自分でも主人に何を話せば良いのかわからなくなってしまいました。

自分の感情がいつも空虚な状態です。
最近「子育てをしながらしなやかに働く
女性先輩社員としてコメントを」と、
会社の研修で体験談をさせられることも多く、
表向きにできる話と現状とのギャップに自分でも戸惑っています。

週末は自宅でベッドに引きこもり、
家事や子供達の世話もやらなきゃという意識はあっても、
体が動かない状態です。

実家の母や姑が言うように、
これは私の「心の弱さ」と「甘え」ゆえなのでしょうか。




A:<1;いまひとつ"困りきれていない"印象>


いろいろ危うさはあるものの、
なんとかそれを渡ってこられているようですね。

いまひとつ"困りきれていない"印象です。

まず、精神科的に問題になることはいくつか挙げられます。

<表情も乏しくなり、いつも「顔色が悪い、疲れているようだ」と
職場の同僚からも指摘されます。>

<週末は自宅でベッドに引きこもり、
家事や子供達の世話もやらなきゃという意識はあっても、
体が動かない状態です。>

などは、うつ状態を示唆するものです。

<昨年の5月あたりから、自分の感情がわからなくなり、
喜怒哀楽の区別ができなくなりました。

自分の周囲全てにフィルターがかかり、
子供達の成長すら他人事という感じです。>

<自分の感情がいつも空虚な状態です。>

というのも、うつ状態の現れかもしれませんし、
また離人感といわれるものかもしれません。

(離人感は、"私は誰、ここはどこ"といった感覚で、
解離症状の軽いものを指して言います)

<ここ数ヶ月間は特に買い物に走るようになり、
今まで手にしたこともない毛皮や宝石類・高級ブランド品を
ためらいもなく買うことが多くなりました。

服もクローゼットに一杯になってもまだ買ってしまう状態です。

経済と家庭の破綻をきたす前に、何とかやめたいと思いながらも、
銀座などに行き、目につくと殆ど衝動的に買ってしまいます。>

の状況は、ご存知の通り、買い物依存といいます。

ここでは、買い物依存を軸として話を進めたいと思います。


(つづく)

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/

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◆精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」◆

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精神科臨床に関する講演・個人および医療法人コンサルティングなどの
ご依頼を承っております。
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※当サイトの「臨床公開相談」は、会員様のうちより
熊木に直接臨床に関する質問をしたい方を「相談者」として、
その相談者と熊木との間で交わされた質疑応答の過程を
メルマガ読者様全員に公開することを目的としています。

相談者のお名前には、
匿名(ご希望のハンドルネームまたはイニシャル)で取り扱わせて頂きますが、
個人カウンセリングとは異なりますので、相談内容の秘密性は守られません。
あらかじめご了承頂きたく存じます。

また、公開されても相談者の方に不都合が生じませんよう、
大筋に影響のない情報の細部をいくらか修正した上で、
熊木に相談されますよう、お願い申し上げます。

例:3人兄弟の末っ子 を→2人兄弟の弟 に変更
現在24才 を→26才 に変更
職業は歯科衛生士 を→看護師 に変更など

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『生きているのか死んでいるのか、わからない』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『生きているのか死んでいるのか、わからない』

            ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(18)~

--------------- http://www.dr-kumaki.com ---------------------△▼△


Q:熊木先生、初めまして。

私は43歳の主婦です。

5年前に、理由もないのに涙が止まらなくなって、
総合病院の精神神経科を受診すると、抑うつ状態といわれました。

身体の検査もしましたが特に異常がなく、
アモキサン・デパスなどを処方されました。

そのころ、マスコミで軽度のうつ病のことがよくとりあげられて、
「心の風邪」とも言われていました。

当初私は、それらのTV放送や健康に関する雑誌などを読み、
薬をのんで休んでいれば、やがて風邪のように治るもの、と安心しました。

しかし、そうは簡単にはいかなかったのです。


まず私のこれまでの経歴についてお伝えします。

私は、地方の小さな都市で生まれました。

三人姉妹の長女で、両親は共働きでした。

何らかの理由で家には借金があったらしく、父も母も必死に働いていました。

両親の苦労はすごいもので、
また家族の誰かがいつも病気や事故に遭ったりして、入院などしていました。

母は私にいつも自分の辛い思いを話していました。

私は聞き役でした。

そのため、お金がないということがとても怖い大変なことなのだ、と
小さい頃から思っていました。

保育所に預けられていた私は、よく泣いていました。

小学校のころ、集団登校の途中に胸が苦しくなって座り込んでしまう、
ということが何度もありました。

病院で検査しましたが、原因はわかりませんでした。

高校進学直後、私はあまりいい成績ではありませんでした。

数学や理科が苦手で、だんだん授業がわからなくなりました。

そのため、2年生のとき睡眠時間を4時間くらいにして
自分で勉強し始めました。

精神的に緊張状態で、夜1時に寝ても、朝は5時に目がさめ、
それから7時くらいまで勉強して、登校するという期間もありました。

その結果成績は上がり、結局都会の私立大学へ進学しました。

そのころには家の経済状態もよくなり、
両親は私学へ行くことも許してくれました。

大学生活は初めての自炊・下宿生活で、何か開放されたような気分でした。

両親の希望は大学を卒業したら家に帰って就職する、というものでしたが、
私は家には帰らず、そのまま小さな会社に就職しました。

そしてわりと早く結婚しました。

会社を変わったりしましたが、ずっと働くつもりでした。

けれども事情があって、出産を期に会社をやめることにしました。

子どもが2人生まれてからはしばらく専業主婦の生活でしたが、
何か自分らしいことをしたいと思って、英語の勉強をはじめました。

やがてパートタイムで働くようになり、お金も少し余裕ができたので、
語学学校などに行くようになりました。

子育て・仕事・趣味の勉強と充実した毎日でした。

パートの仕事は工業部品の製作で、手先の器用さが要求される仕事でしたが、
私はわりと丁寧にするほうなので、上手だったと思います。

ですから、リストラとはいえ、突然解雇されたときは驚きました。

収入がなくなって、いろいろアルバイトなど探してやってみましたが、
続けられそうなものはありませんでした。

語学学校の友人が「英語にかかわる仕事を探してみたら」と勧めてくれました。

英語の世界は競争が激しく、
特に実務経験もない私には、仕事がまわってきそうにありませんでしたが、
トライアルなどを受けていると、
翻訳の下請けの下請けみたいな仕事が時々入るようになりました。

報酬は10日間で仕上げて1万円とかそんなものでしたが、
将来につながるかもしれないと思って引き受けていました。

しかし今から考えると、その当時の私の生活はモーレツなものでした。

非常に短い納期によるプレッシャーにさらされ続けていたのです。

涙が止まらなくなったのは、そんな仕事を断続的に2年ほど続けた後でした。


そして”事件”は、息子のバレエの発表会の後に起こりました。

発表会が何とか成功して裏方の母親としてほっとするのもつかの間、
英文を訳してくれないかという企業からの依頼がありました。

とても疲れていましたが、その仕事をすることにしました。

納期があるので、それに間に合わせるために夜も眠らず(眠れないのです)、
英文を読んでいました。

夫が異常を感じたときがいつかはわからないのですが、
気がついてみると、私は自動車の中(タクシーらしい)、
そして病院で、なぜか私は車椅子に乗せられました。

待っているときに、自分の昔の友だちや知人が待合室にいて、
私はその人たちに話しかけました。

でも皆迷惑そうな顔をしました。

診察室にある人体の図形に書いてある説明文など、
まわりに書いてある文字すべてが、アルファベットに見えました。

夫によると私はすごい力で抵抗したらしく、
夫の言うことをきかず、病院の外へ行こうとしたそうです。

その病院から精神科の専門病院へ行くときは、
病院の車(救急車?)で行きました。

私は車の中で暴れたことを少し覚えています。

着いたら、病院のドアが両開きに開いたこと、
そこから先の記憶はありません。

そこで医師に「一週間、家で様子を見てください」と言われた夫は、
私を連れて帰りました。


夫はここから先のことをあまり話したがりません。

思い出すのも辛いようなのです。

具体的には、まず私の顔が異常で、子供たちも怖がったそうです。

まるで死んだ人のようだったといいます。

それから私の行動がおかしく、家族が私に「ご飯を食べた?」ときくと、
「食べた」と答えたそうです。

しかし実際は食べてなくて、ぐったりしていたようです。

それから、私が勝手に外に出かけたりしたそうです。

夫は1週間会社を休んで私の介護をしてくれたのですが、
とても手におえない状態だったそうです。


でも私自身は全然怖くなかったです。

ただ、部屋が花でいっぱいだったので、
これは自分のお葬式かなと、ごく自然に思いました。

昼と夜との区別があまりなくて、部屋の窓の半分が暗かったり、
不思議なことがありました。

家からひとりで外へ出てみると、そっくりな2匹の犬がいて、
かわいいと思って撫でたりしました。

しかし実際には、近所にはそんな犬はいないのです。

おかしなことですが、その一週間というもの、
私はもうこの世にいる気がしなくて、
生きているのか死んでいるのかわからない感じでした。

よく眠ったり、夢を見たりもしたようですが、あまりわかりません。


一週間後、夫と一緒に病院へ行きました。

診察室に入るとまったくはじめて見る医師(現在の主治医です)が
「僕のこと覚えていますか」とききました。

私は首を横に振りました。

医師は私を見て、「この間のときよりはずいぶんよくなりましたね」といい、
もう少し何か話して、薬を処方しました。

それは、朝、ルジオミールとデパス、
夜、ルジオミール・デパス・ヒルナミンというものでした。

これが4年前の一週間の状況です。

医師の説明は「これはいわゆる精神病ではなく、一過性の解離状態である」
というものでした。(そして病名は「解離ヒステリー」でした)

その後もう一度この状況に近いような精神状態になりました。

でもそのときは、異常だという自覚が自分でも少しあり、
これほどひどい状況にはならずにすみました。


それから今日に至る4年間に、激しい抑うつ状態・自殺願望があり、
眠れない時期もありました。

字を書こうとすると、手が震えたりもしました。

処方されている薬は、4年前とそれほど変わっていません。

この4年間に何とか仕事ができないかとやってみましたが、
結局続かず、やめざるをえませんでした。


私はずっと自分がうつ病だと思っていました。

ですから、薬と休養によって治っていくと思っていました。

しかし、今にいたるまで、抑うつ状態は軽くなったものの、
相変わらず家事をすることも困難で、体がだるく、寝たり起きたりの生活です。

激しく泣いたりするような精神的にひどい状態が薄らいだ分、
気力がなく体が思うように動かず、寝ていることが多くなりました。

友人から「会いませんか」と誘われたりしますが、
人と会って話をするととても疲れるので、だんだん人とも会わなくなりました。

今はあまり楽しみもありません。

うつ病についてはいろんな説があり、戸惑います。

このまま病院へ通い続け、薬を服み続ければ、
よくなるだろうとも思えなくなりました。

薬はきちんと服んでいますが、服んだから効いているいう自覚はありません。

主治医はいつも「症状には揺れがあり、波がありますから」というだけです。

これって難治性のうつ病にあたるのでしょうか。

辛いのは、日常のあたりまえのような家事さえなかなかできないこと。

そして、好きだった英語がもう苦痛になってきたことです。

生きがいといえるほどの趣味だったのに。

それに、現在の自分の状況がどんな病気のどの段階なのか、
わからなくなって困っています。

しかし上の息子は、私が病気になったことをわりと冷静に見ています。

彼は、以前のような元気な私に再び戻ったら困る、と言うのです。

なんとなく、彼の言うことがわかるような気がします。

とはいえ私は、今のままの状態だと苦しいのです。

回復するということが、元の自分の状態に戻るということではない、
とは自覚しています。

この相談によって、何か回復への手がかりのようなものを
見出したいと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。




A:あなたの精神状態の推移が、非常に精緻に記載されていて、
妙な言い方ですが、とても貴重な記録だと感じました。

<これって難治性のうつ病にあたるのでしょうか。>

<現在の自分の状況がどんな病気のどの段階なのか、
わからなくなって困っています。>

ということですので、今回は診断にこだわってみたいと思います。


<2年生のとき睡眠時間を4時間くらいにして
自分で勉強し始めました。

精神的に緊張状態で、夜1時に寝ても、朝は5時に目がさめ、
それから7時くらいまで勉強して、登校するという期間もありました。>

<英語の世界は競争が激しく、
特に実務経験もない私には、仕事がまわってきそうにありませんでしたが、
トライアルなどを受けていると、
翻訳の下請けの下請けみたいな仕事が時々入るようになりました。

報酬は10日間で仕上げて1万円とかそんなものでしたが、
将来につながるかもしれないと思って引き受けていました。

しかし今から考えると、その当時の私の生活はモーレツなものでした。

非常に短い納期によるプレッシャーにさらされ続けていたのです。>

<発表会が何とか成功して裏方の母親としてほっとするのもつかの間、
英文を訳してくれないかという企業からの依頼がありました。

とても疲れていましたが、その仕事をすることにしました。

納期があるので、それに間に合わせるために夜も眠らず(眠れないのです)、
英文を読んでいました。>

ということから見ても、以前からあなたは、
自分を追い込むことが常態化していたようですね。

もちろん、実務能力がかなりあったため、
まわりもあなたに無理な仕事を依頼しつづけたのでしょう。

また実際に、これだけの密度の仕事を
こなしておられたことから考えても、
持続的に躁状態にあったという可能性も考えられます。

<上の息子は、私が病気になったことをわりと冷静に見ています。

彼は、以前のような元気な私に再び戻ったら困る、と言うのです。

なんとなく、彼の言うことがわかるような気がします。>

という記述が、それを示唆しているかもしれません。

(躁状態というのは、ただご本人が元気なだけならいいのですが、
大概まわりにいる人々も巻き込まれ、
”はた迷惑”であることが多いのです)

こんな状況で、”事件”は起きます。

<夫はここから先のことをあまり話したがりません。

思い出すのも辛いようなのです。

具体的には、まず私の顔が異常で、子供たちも怖がったそうです。

まるで死んだ人のようだったといいます。

それから私の行動がおかしく、家族が私に「ご飯を食べた?」ときくと、
「食べた」と答えたそうです。

しかし実際は食べてなくて、ぐったりしていたようです。

それから、私が勝手に外に出かけたりしたそうです。

夫は1週間会社を休んで私の介護をしてくれたのですが、
とても手におえない状態だったそうです。


でも私自身は全然怖くなかったです。

ただ、部屋が花でいっぱいだったので、
これは自分のお葬式かなと、ごく自然に思いました。

昼と夜との区別があまりなくて、部屋の窓の半分が暗かったり、
不思議なことがありました。

家からひとりで外へ出てみると、そっくりな2匹の犬がいて、
かわいいと思って撫でたりしました。

しかし実際には、近所にはそんな犬はいないのです。

おかしなことですが、その一週間というもの、
私はもうこの世にいる気がしなくて、
生きているのか死んでいるのかわからない感じでした。

よく眠ったり、夢を見たりもしたようですが、あまりわかりません。


一週間後、夫と一緒に病院へ行きました。

診察室に入るとまったくはじめて見る医師(現在の主治医です)が
「僕のこと覚えていますか」とききました。

私は首を横に振りました。>

これを指して、あなたの主治医は
”精神病ではなく、一過性の解離状態”だと説明し、
それは「解離ヒステリー」という疾患によるものだといった訳です。

ここで「解離ヒステリー」について説明することにしましょう。

「解離ヒステリー」を、弘文堂の『精神医学事典』で引いてみると、
次のような説明があります。

”解決困難な葛藤にさらされた場合、
それにまつわる観念や感情を関与しない精神の部分から切り離して、
過去の記憶・同一性と直接的感覚の統制に関する統合が
全面的あるいは部分的に失われることを、解離反応という。

そのような起こり方をした神経症は、
「解離ヒステリー」「解離性障害」などと呼ばれる。・・・”

”解離”という言葉は、もともと精神分析の用語です。

現在では、精神分析家でなくとも、広く用いられる言葉ですが、
”解離(反応)”について何かを語る場合、
その”解離”の成り立ちについて触れる必要があります。

というのも精神分析は、”こころの動き”(心的力動といいます)を
説明することを主眼とした立場だからです。

したがって、上記の説明で一番重要なのは、
”解決困難な葛藤にさらされた場合”というところです。

「解離ヒステリー」という診断がなされる場合、
このような”葛藤”の存在が、前提となっていなくてはなりません。

そして、この”葛藤”は無意識レベルのものとされるため、
簡単に抽出できる類のものではありません。

ところで、あなたの主治医の診断が
本当に「解離ヒステリー」だったとしたなら、
それには若干無理があるように思います。

というのも、あなたに会って1週間(それもたった2回目!)で、
あなたのうちに潜在する”葛藤”など分かろうはずもないからです。

(ただしこの「解離ヒステリー」が、
確定診断ではなく仮診断であるなら話は別です)

私がこのような状況であなたに会ったなら、
いきなり”解離状態”であるなどとは告げません。

こころの因果関係が定かではないこの状況では、
あなたのうちにどのような”葛藤”が秘められているか
(あるいは秘められていないか)、
全く見当がつかないからです。

そのかわりに、あなたの状態は「せん妄状態」であったろうとは言えそうです。

「せん妄状態」って何?

これも先に倣い、弘文堂の『精神医学事典』から引いてみましょう。

”軽度ないし中等度の意識混濁に
錯視・幻視・幻聴などの妄覚や異常行動が加わり、
特徴ある臨床像を呈する意識変容の代表的な形である。

認知機能が障害されるために、外界は夢幻様に変容して錯覚が起こり、
一方、表象は知覚的な性質をおび、実在するものと区別されない。

これらの錯覚や幻覚は現れては消え、あるいは夢のように展開し、
患者は夢幻的な世界に没入する。・・・”とあります。

この状態のとき、REM(急速眼球運動)と、
REM睡眠期(特異的に、REMが見られる睡眠期)と同様の脳波パタンが見られ、
また実際のREM睡眠期とは異なり、筋電図の消失を伴いません。

なんだかややこしいですが、簡単に説明すると、
通常夢見をするREM睡眠期(眼球は急速な動きがあるにもかかわらず、
体の筋肉は弛緩している状態)のような脳の状態でありながら、
筋肉が動くので、その夢見に従い、
体を動かしてしまう(すなわちこれが”異常行動”)という訳です。

「せん妄状態」の原因は実に様々で、特定できないことが多いです。

ただ通常はすみやかにかつ完全に回復し、
後に脳の器質的な障害を残しませんが、
(あなたの場合も、完全回復しているようです)
まれに残すこともあります。

この診断名のメリットは、その因果関係を同定しなくとも、
「せん妄状態」を”横断的に”把握すれば、
ただちに治療的関与が可能だということです。

ちなみに「せん妄状態」の治療には、
セルシンなどマイナートランキライザーや
セレネースなどメジャートランキライザーの筋肉注射
(場合によっては静脈注射)を用いることが一般的です。

(ただし、「せん妄状態」の元となる身体疾患がはっきりしている場合は、
当然その原疾患の治療も行われなければなりません)

ではあなたは、先に主治医に診断された「解離ヒステリー」
ではなかったと言い切れるのでしょうか。

残念ながらこれから何年たっても、
あなたは「解離ヒステリー」でなかったと断定することはできません。

あなたのこころのうちに、
いかなる”葛藤”もないとは判断できないからです。

それゆえ「解離ヒステリー」であるかもしれないとはいえても、
逆に絶対そうでないとはいえません。
(「解離ヒステリー」の非在は証明できない、ということです)

なかなか込み入った話ですね。

もし、あなたが「解離ヒステリー」である
という”仮説”が有効であるなら、それに基づいた長年の治療で
ある程度良くなっていなくてはなりません。

しかし実際には、そうはなっておらず、
”何か回復への手がかり”を求めて苦しんでおられます。

そういう意味では、あなたが「解離ヒステリー」であると想定しても、
あなたの実利に適っていかないのではないかと私は考えます。

ここでは、別の疾患である可能性を提示することにします。

最近あまり使われないのですが、
昔から、関西と中部あたりの精神科医を中心に使われる病名に
「非定型精神病」というものがあります。

私は、あなたがこれではないかと疑っております。

これもきっと聞きなれない病名でしょうから、
説明することにします。

もともと二大(内因性)精神病といわれるものに、
統合失調症(精神分裂病)と躁うつ病があります。

この二大精神病の双方の特質を備え、
どちらとも判別不能なものを指して、
「非定型精神病」と呼んでいたのです。
(「非定型精神病」ではさらに、
てんかんの特質も備わっているとされています)

1:「非定型精神病」が、統合失調症や躁うつ病などとは違う
独立した疾患だとする立場、
2:統合失調症・躁うつ病とてんかんが混合したものとする立場、
3:統合失調症・躁うつ病自体そもそも類型化することができないとし、
同様に「非定型精神病」も類型化できないとする立場、
の3つに分けることができますが、
まあこのあたりは、臨床実践的にはどうでもいいことでしょう。

この「非定型精神病」の特徴は、以下の通りです。

1:横断的にみた病像は、急性統合失調症であるが、

2:経過は躁うつ病に似て、周期的(あるいはエピソード的)であり、

3:ほぼ完全に寛解するもの

(発症は急激。
病像は、意識・情動・精神運動性の障害が支配的であり、
多彩な統合失調症様状態となる。
幻覚は感覚性優位で、妄想も流動的・非系統的。
[『精神医学事典』より])

(あなたの場合、周期的ではなくエピソード的(1回だけ)ですが、
情動の”波”や発動性の”浮き沈み”はあるようです。

またここでいう”寛解”とは、
”急性統合失調症”様状態を指していうのであって、
いまある”うつ”のようなものを指しているのではありません。

それから先程指摘した「せん妄状態」については、
”意識・情動・精神運動性の障害が支配的”とあることから、
「非定型精神病」の経過の中で見られたとしても、矛盾はありません。

また、現在の基調が”うつ”であったとしても、おかしくはありません)

どうです、あなたにある程度、当てはまるのではないでしょうか。

(仮に「非定型精神病」とした場合の薬物療法について。

ベースにリ-マスやテグレトールといった感情調整薬を使用します。

そこに抗うつ薬を適宜使用します。

ここではルジオミールが使われていますね。

それから再度、急性精神病状態になった場合は、
一時的にメジャートランキライザーを処方します。

すなわち私は、あなたが
感情調整薬を服用してみる余地があるかもしれない、
と考えてみたのです)

ただし、これだけの情報をあなたからいただいても、
あなたに直接お会いしてない私には
どうしても最終的な診断ができぬ”弱み”があります。

この疾患に関しては、”手触り”がとても重要なので、
ここでとりあえずの診断をお示しするのは、”冒険”になります。

ただ現在、あなたの治療は膠着状態にあるようですから、
それに一石を投ずるべく、あえて蛮勇を奮ってみたのです。

(”本メルマガの正確性、合法性および道徳性については、
補償いたしません”とあえて断っているのは(笑)、
時としてこのような”チャレンジ”も
このメルマガでする必要があろうと考えるからです)

あなたの今の主治医は、
それなりに筋道だった診断・治療をしてきているように思います。

「解離ヒステリー」という病名も
まったく見当はずれという訳ではないような気がします。

しかし、ここまでやってきてうまくいかなかったのですから、
新しい見立て・治療の可能性を求めてもいい
時期がきているようにも思います。

もしあなたの次の主治医が、前の主治医や私と違う診断を下しても、
あなたの苦しみを和らげてくれるなら、
あなたにとっての良医ということになります。

それから最後に一言。

<回復するということが、元の自分の状態に戻るということではない、
とは自覚しています。>
といわれていますが、これは卓見です。

なかなかこうは開き直れないものです。

”生きていくとは、元に巻戻すことではなく、
新たに別の境地に立ちつづけること”

これは患者さんだけにいえることではなく、
生きている人すべてに共通する普遍的真理です。

病気になると、このようなことを実感しやすくなります。

苦しみのなか、曲がりなりにも処世してこられたことが、
生きる知恵を生み出しているかもしれません。

すべてが人生の達人への道。
そう考えると、これまで病んできた人生も満更ではないかもしれません。



熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/




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