あいち熊木クリニック院長熊木徹夫の精神科無双夢想 ~<あいち熊木クリニック>開設、その後~
院長である精神科医の熊木徹夫と、建築家の筧清澄が、 臨床と建築に対するそれぞれのこだわりを、余すところなく出し尽くす場としてのブログです。


プロフィール

熊木&筧

  • Author:熊木&筧
  • 熊木 徹夫

    2007.07「あいち熊木クリニック」開設


    筧 清澄
    1968 06 10
    1998 筧建築設計開設

    筧建築設計
    名古屋市中村区下米野町3-29
    k-kakehi@za2.so-net.ne.jp
    TEL/FAX 052-451-9976



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『毎日カップラーメンにジュース・・放っておいていいの?』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介



<熊木先生、はじめまして。

私は、居宅支援事業の相談に当たっている者です。

今年からその仕事に従事し始めて、いろいろな戸惑いを感じています。

私自身にとっての、患者さんに対する理解の助けとなれば
との思いで、投稿させていただきます。>


さて今回は、パイナップルさんの2つの質問に答えることにします。

まずは一つ目の質問。


<Q1:{30歳の統合失調症患者、Yさんのこと}


アパートで単身生活。

人に対して緊張感が強く、気疲れの強い人。
(と、就労所の職員からの情報)

毎食カップラーメンを食べます。

たまに何か作って食べるといっても、
ハンバーグだけを食べたりして暮らしています。

ヘルパー派遣により食事の偏りを是正しては、と持ちかけても応じない。

それは改善意欲がないのか
あるいはヘルパー派遣での気遣いを嫌がってのことか不明。

”それならば”と安価な宅配の弁当の情報を持っていったが、
それも「いいことですね、ありがとうございます」という
返事はあるものの、受け取ってはくれませんでした。

この方には肥満にまつわる生活習慣病
(最近話題のメタボリックシンドローム)があり、
内科受診を勧めていたところ、
だんだん精神的に落ち込みが強く見られるようになって、
ついには、軽就労の場にも出てこれなくなりました。

そして、週に1回掃除のために入っていた
ヘルパーの訪問も拒否するようになって、
とうとう親元(別の市)に帰ってしまうことになりました。

私は、この方に対して何を支援すればよかったのでしょうか。

服薬管理、・・これは問題なかったと聞いています。

が、状態悪化したのはなぜ?

主治医と連絡を取り合えばよかったのか。

生活習慣病の治療・・本人に問題意識があればよいだろうが、
そうしようとしない場合は、家族に相談するのがよかったのでしょうか。

また、主治医からの働きかけをお願いすればよかったのでしょうか。

せっかく単身生活をスタートさせたばかりだったのに、
残念な結果になってしまいました。

そしてこれは、この患者さんに限らず、
一般的に若い男性にみられることなのでしょうか?

若い男性は、食生活を重要視していない人が多いように思います。

だから、患者さんに限ったことではないのかもしれませんが、
食生活の極端な偏りや生活習慣の固定化等が
将来の病気の再発に繋がるかもしれないので、心配してしまいます。

毎日カップラーメンで平気とか、
毎日ジュースと缶コーヒーを2本飲む習慣とか、本当にいいのでしょうか。

極端な生活習慣の固定化は、
どういうこころの状態からくるものなのでしょうか?>


A1:このような方、実は珍しくありません。

<人に対して緊張感が強く、気疲れの強い人>とありますが、
統合失調症の患者さんだと、このようなタイプが多いですね。

<毎食カップラーメンを食べます。

たまに何か作って食べるといっても、
ハンバーグだけを食べたりして暮らしています。

ヘルパー派遣により食事の偏りを是正しては、と持ちかけても応じない>

というのも、よくわかります。

ある生活習慣をかたちづくると、奇妙なまでにそれに拘り、
誰が何といおうと、頑なにそのスタイルを維持する。

その姿は、ある意味滑稽ですらあります。

しかし、本人はいたって真剣。

”正しい生活習慣”をよそから持ち込まれても、
なかなか適応ができません。

頑固というより、不器用なのです。

ヘルパーであるあなたが良かれと思い、
アドバイスしてくれ、手を差し伸べようとしてくれていることは、
この方はよくわかっているはずです。

むしろ、わかりすぎていて、それを拒まざるをえないことに
かえってストレスを感じているかもしれません。

このような方は、一見人嫌いに見えますが、実は逆。

とても寂しい・人恋しいと感じていることが少なくないのですが、
不器用ゆえ、それを態度でうまく伝えることができない。

他人との距離を測るのに、いちいち過剰な意識をしなければならず、
他人をまったく寄せ付けないか、逆に不自然なまでに接近してくるか、
どちらかであることが多いように思います。



ところで、近頃「ノーマライゼーション」という言葉が、
医療者間でよく発せられます。

これは”正常化”という意味で、深い思慮もなく使われることが多いですが、
実はこの”正常化”というのがくせもの。

たとえば、統合失調症の患者さんであれば、
(入院→退院し、通院)という状況にもっていくのがそうですし、
復職したり、結婚したりさせるのもそう。

いわば、”一般人”の生活に近づけることが「ノーマライゼーション」です。

でも、統合失調症の患者さんは、
そもそも”一般人”の生活が苦手なことが多いのです。

精神科医の中井久夫先生が、著書『分裂病と人類』(東京大学出版会)の中で、
分裂病(統合失調症のこと)の気質をもつ人というのは、
いつの世、どの地域にも普遍的に一定数存在してきた、
それというのも分裂病気質者は人間全体にとって、必要不可欠な存在だからだ、
という趣旨のことを述べられています。

狩猟で生活の糧の大部分を得てきた社会、
あるいはシャーマンが崇められてきた社会では、
分裂病気質者は、むしろ世界の中心にいたのです。

ところが、農耕が主な生産・生活手段となったあたりから、
社会は次第に神経症的になり、
それは工業化社会において、ますます顕著になっていきました。

そして、そのような社会に適応できない分裂病者は、
社会から疎外され、場合によっては精神病院などの施設に
閉じ込められるようになっていきました。

すなわち、分裂病者が”まともかまともでないか”というのは、
時代の趨勢・人々の価値観・許容力などに大きく左右されてきたのです。

私たち医療者は、時折このように、
自分たちが当たり前だと思う見方を相対化しなくてはなりません。

統合失調症患者さんの「ノーマライゼーション」を担う
あなたや私などは、そのことを意識すると、
自分のやろうとしていることが本当に正しいことなのか、
ジレンマを抱えることになりますが、それは仕方のないことなのです。



ただ、このケースでは、社会適応とは違う
もうひとつの「ノーマライゼーション」の軸が問題になっています。

それは、体の健康の問題です。

<肥満にまつわる生活習慣病>をもつ人だということですので、
その体調管理を担うということも、
ヘルパーとして大事な業務になってきます。

しかし、<肥満にまつわる生活習慣病>というのは、
”正常者”(妥当な表現であるかどうかわかりませんが、
一応精神障害者でない人を、ここではこう呼んでおきます)
にとっても、その治療はなかなか過酷です。

自らを律しなくてはならず、その生活は我慢の連続です。

しかも劇的に治ることなどなく、うまくいって予防ができるという程度です。

今の世では、自らの健康を維持すること、他者がその援助をすることは、
一応”正義”と見なされます。

しかし、自らの健康を省みないとしても、
誰にも迷惑をかけてはいないわけですから、
(まあ、援助者泣かせではありますが、
他害行動などが及ぼす迷惑とはまったく質が異なります)
その人の”勝手”だといえば、まあそうです。

そのような事柄にどこまで介入すべきなのか、
あるいはそもそも介入が可能なのか、難しい問題です。

ついでにいうなら、統合失調症患者さんは、正常者”と比較して、
有意に<肥満にまつわる生活習慣病>になる人が多いです。

それは、統合失調症という病気自体のせいなのか、
あるいは内服を欠かすことのできない向精神薬の副作用によるものなのか、
はっきり言い切ることはできません。

(おそらく、その両方が原因でしょう)

加えて、一般に統合失調症患者さんは身体の自己管理が苦手であり、
また自らの生に対する執着が希薄であるように思います。



なんだか、悲観的なことを書き連ねてしまいましたが、
どうにもならないから、何をしても意味がないということではありません。

<「いいことですね、ありがとうございます」という
返事はあるものの、受け取ってはくれませんでした>
とありますが、ここにあなたと彼との関係性が凝縮されています。

一見、矛盾した態度のようでもあり、
またあなたにこころを許していないかのようにも見えますが、
きっとこれが彼のとれるギリギリの態度なのでしょう。

あきらめず彼のことを真剣に考えて関わろうとするあなたに対し、
少々”うるさいなあ”と思ったかもしれぬにせよ、
彼が発したこのお礼の言葉は、真実のものであろうと思います。

彼はあなたの気持ちを察して、このようなことを言った。

あなたも彼の気持ちを察しようとして、あれこれ苦心を重ねている。

これで十分両者のコミュニケーションは成立していると思うのですが、
いかがでしょうか。

このようなことに悩み続けていくことも、我々の仕事のうちです。



熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/
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