FC2ブログ
あいち熊木クリニック院長熊木徹夫の精神科無双夢想 ~<あいち熊木クリニック>開設、その後~
院長である精神科医の熊木徹夫と、建築家の筧清澄が、 臨床と建築に対するそれぞれのこだわりを、余すところなく出し尽くす場としてのブログです。


プロフィール

熊木&筧

  • Author:熊木&筧
  • 熊木 徹夫

    2007.07「あいち熊木クリニック」開設


    筧 清澄
    1968 06 10
    1998 筧建築設計開設

    筧建築設計
    名古屋市中村区下米野町3-29
    k-kakehi@za2.so-net.ne.jp
    TEL/FAX 052-451-9976



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


『精神病になったら一生治らないなんて!』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

▼△▼----------------------------------------------------------------
『精神病になったら一生治らないなんて!』
            ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(16)~

--------------- http://www.dr-kumaki.com ---------------------△▼△


Q:私は39歳になる女性です。

昨年まで病院で約15年間、臨床検査技師として勤めてきました。

生理検査担当で、循環器を専門としていました。

(現在は退職し、ひとりで母の在宅介護をしています)

今の主治医からは、不安神経症とうつ病との診断を下されていますが、
うつ病という疾患名には疑問を感じています。

不眠がひどく、これまでに約10年間、
合計6人の精神科医・心療内科医にかかっているのですが、
薬が増えてゆくばかりで、一向に治りそうにありません。

まるで人体実験されているみたいです。

担当医が代わるたびに、睡眠薬が替わっていきます。

これまでに、ベンゾジアゼピン系睡眠薬だけでも10種類近く試されており、
その他、ブロバリンやベゲタミンBまで服んでいます。

これらの長期服用にとても不安を感じます。

(母は統合失調症なのですが、緑内障も発症し、失明寸前までいきました。

これは抗精神病薬の影響もあったと思われます。

また私自身、以前2回も薬物性のショック状態になったことがあり、
薬物の作用・副作用にはとても神経質になっています)

今の主治医は65歳の老先生で、これまで3年ほどかかっています。

カーテンでしきっただけの診察室、ほとんど話もきかず薬を出すだけ、
「薬を替えてほしい」といおうものなら、
「薬は医者に任せておけばいいんじゃ」とカルテを投げつけられる始末。

でも他にかかるクリニックが近辺にはないので、
我慢して薬だけもらいにいっています。

現在の処方薬は、パキシル30mgとドラール20mgですが、
夜に不安がありなかなか寝付かれず、昼夜逆転状態です。

このところメニエール氏病と高度難聴にも苦しんでいます。

補聴器を使用してから10年にもなるのに、
いまだに難聴というハンディを受け入れられずにいます。

これまでコツコツ努力を積み重ねてきました
(15年間病院勤めしかしていません)が、
社会というのはこのような努力が実らないことが多いです。

とはいえ、患者さんからのお礼・励ましが嬉しくて、
なんとかこれまで頑張ってこれたのです。

一方で、この先第二の人生を見つけていかなくてはと焦る気持ちもあります。

ところで、以前かかっていた医師に
「あなたのように精神病になったら一生治らないんです。覚えておいてください」
といわれたことが、ずっとこころにひっかかっています。

本当に治らないのでしょうか。

難聴はあるけれども、この精神状態が治りさえすれば、
頑張ってゆけそうな気がするのです。

これから私は、どうすればいいのでしょうか。



 A:今回は、少し違う見方をしてみたいと思います。

あなたの疾患はどのようなもので、今後どうされるとよいかを検討する前に、
これまであなたに向き合ってきた精神科医たちの思惑はどうであったのか、
いろいろ推理を交えて、考えてみることにしましょう。

<今の主治医からは、不安神経症とうつ病との診断を下されていますが、
うつ病という疾患名には疑問を感じています>とあります。

まず診断についてですが、
一般に精神科で患者さんに伝えられる診断名は、
それほど数多くはありません。

もっとも、各種の精神医学事典や操作的診断基準
(代表的なものは、アメリカ精神医学会の精神疾患診断マニュアル
であるDSM)などには、大変多くの疾患名があるのですが、
実際臨床の現場で、精神科医から患者さんに伝達される疾患名は、
たかだか20種類ぐらいのものでしょう。

その理由として、凝った診断をつけると
患者さんに特別な説明をしなくてはならないということ、
また精神科では診断が直接治療に結びつかないことが非常に多い
(いわゆる”疾患名治療”があまり有効ではない)から
診断を告知することがあまり重要だと考えられていないということ、
などが挙げられます。

(診断書などに書く疾患名はもっと少なくなります。

というのも、精神科医がこだわってつけたところで、
会社や公的機関は困惑するだけですので、
一般的で通りのよい疾患名を用いるのです)

”うつ病”という疾患名は大変重宝で、非常に広範囲に使われています。

一過性にでもうつが見られたら、
”うつ病”または”抑うつ状態”などの疾患名(症状名)が
告げられることが多いようです。

(”うつ病”と”抑うつ状態”はよく混同されますが、
厳密には同じではありません。

かつて”うつ病”とは、その経過の途中でうつが主症状として出現し、
特有の経過を有するものを指していました。

すなわち、うつを主症状とする内因性精神病に限定していました。

しかし今は、因果関係を問わず、
うつを中心に様々な症状を呈する症候群を”大うつ病”(DSM-IV)
として括りだすようになり、
この”大うつ病”を指して、”うつ病”ということが多いようです。

それに対して、”抑うつ状態”は疾患名ではなく、症状名です。

いわば、うつのことですが、
このような症状を呈する疾患は”うつ病”だけではありません。

例を挙げるなら、摂食障害や強迫性障害などは
”うつ病”ではありませんが、
”抑うつ状態”を呈することはありうるのです。

精神科医のなかでも、このようなことに深い関心を寄せる医師、
あまり関心のない医師などいろいろです。

このあたりの話はややこしく、
今回の相談を考えるにあたって、それほど重要な話ではありませんので、
あっさり聞き流しておいて構いません)

ここに登場する精神科医たちも、
あなたの疾患名にそれほどのこだわっていないように、
私には感じられます。

すなわち不安神経症にせよ、うつ病にせよ、
それほど思い入れのある疾患名ではない、ということになります。

(ちなみに私は、今回のご相談内容だけで、
あなたの診断をつけることができません。

診断をつけるには情報が十分ではないからです)

次に
<不眠がひどく、これまでに約10年間、
合計6人の精神科医・心療内科医にかかっているのですが、
薬が増えてゆくばかりで、一向に治りそうにありません。

まるで人体実験されているみたいです。

担当医が代わるたびに、睡眠薬が替わっていきます>
とありますが、
薬を増やしていく医師の気持ちを考えてみます。

まずあなたは、”人体実験”という表現を使われていますが、
これは穏当ではありません。

というのも、どこか隔離収容施設などで誰かの監視のもと、
強制的に服用させられるのであれば、
このような表現が可能かもしれませんが、
外来通院を中心とする治療環境では、
あらかじめ患者さんの側に”服薬を拒む権利”があるはずだからです。

あるいは不承不承服んだとしても、自分の身体に合わなければ、
担当医に”苦情を申し立てる権利”だってあるのです。

この場合、”しっかり眠りたい”というニーズがあなたにあり、
精神科医もそれに応じようとして投薬しているわけですから、
その行いに悪意はないと考えるべきでしょう。

では一般にどのような時に、
精神科医は変薬したり増薬したりするのでしょうか。

二つの場合が考えられます。

1:非常に熱心に治療に取り組もうとしているとき

2:治療に対し意欲的になれず、投げやりなとき

1の場合。

患者さんの事細かな訴えに耳を傾け、
何とかしてあげようとする医師は、
細かなさじ加減を行い、結果処方薬が次第に増えていくことが多いです。

この場合、医師は患者さんに対し好意的で、
惻隠の情をうちに秘めていることが多いようです。

2の場合。

あまりに患者さんが多愁訴(ウラの取れない訴えが次から次に出てくる)
で、愛想尽かしているような場合に、
その訴えを捻りつぶすように投げやりな投与が行われる傾向があるようです。

この場合、いうまでもありませんが、
医師は患者さんに好意的ではありません。

”2のような医師の態度は、道義的に正しくない”という意見も
あることでしょう。

ただここで、医師を道義的に責め立てても、
おのずと出てくる好悪の感情はどうにもなりませんので、
そこはとりあえず措いておきます。

ただ1にせよ2にせよ、
精神科医が今どのような心理状態にあるのか考えておくことは、
治療を受ける側にとっても、
重要なことであるかもしれないと私は考えます。

(もちろん治療する医師も、
そのような自らの意識に気づいておこうとすることは重要です)

2であると悟った場合、
転院するなどして思い切って担当医を替えるのが得策ですが、
むしろ対応が難しいのは1の場合です。

この場合、医師と患者さんがお互いを思いやるあまり、
治療関係がずるずる継続していき収拾がつかなくなります。

患者さんの側から断るのはなかなか難しいので、
医師の側から治療終結宣言(すなわちこの場合、敗北宣言)が
出されなくてはいけません。

このことは患者さんというよりむしろ、
医師にとって重要な課題なのですが、
とりあえずこのような治療関係の”こじれ”を防ぐために、
あらかじめ患者さんが心がけておくといいことをお話します。

”私に任せれば大丈夫。○○ヵ月で治してみせます”などという
医師に出会ったら要注意。

治療がこじれても、引っ込みがつかなくなり、
医師の側から治療終結を宣言することができなくて、
最終的に患者さんは深手を負ってしまいます。

”できるかどうかわかりませんが、善処します”
くらいからスタートする謙虚さをもった医師、
または何ができて何ができないか、それを明晰にしようと努める医師の方が、
先々自分の治療の限界を示す余地を残しているという点で優れています。

治療は山登りに似ているのではないか、と思います。

いずれも、”着手は易し、撤退は難し”だからです。

うまくゆかず撤退を余儀なくされたときにこそ、
その医師の真価が問われるのです。

話をあなたの場合に戻しますが、おそらくあなたから見て、
6人の医師はいずれも2の場合だと感じられたのではないでしょうか。

というのも、それぞれの医師に対し、
あなたが恩義に感じているふうではないからです。

一応、あなたの見方を尊重し、それに基づいた考察をしましょう。

医師がのっけから患者さんであるあなたに治療意欲を持てないのか、
逆にあなたと対しているうちに治療意欲が萎えていったのか、
どちらであるのか、にわかに判断することはできません。

<これらの長期服用にとても不安を感じます。

(母は統合失調症なのですが、緑内障も発症し、失明寸前までいきました。

これは抗精神病薬の影響もあったと思われます。

また私自身、以前2回も薬物性のショック状態になったことがあり、
薬物の作用・副作用にはとても神経質になっています)>

このようなあなたの不幸な過去が、
あなたの医師不信・処方薬不信のおおもとであるかもしれません。

そこで一点質問があります。

あなたの不信感の源であると想像される不幸な過去のできごとについて、
きちんと担当医に説明されていますか。

”~だったため、私は薬物に対しとりわけ警戒してしまう。
どうか、その点にも配慮してほしい”と。

なぜこのようなことをあなたに尋ねるのか。

というのは、先に患者さんからじきじきにこのような説明を受けていながら、
そこに由来する”服薬不安”を慮ろうともしない医師が存在することが、
私には信じられないからです。

(もっとも、その文脈はわかりませんが、
<「薬を替えてほしい」といおうものなら、
「薬は医者に任せておけばいいんじゃ」とカルテを投げつけられる>
医師が存在する、との証言をされている訳ですから、
例外はあるのかもしれません)

もし説明されていないのなら、これは必ず実行するべきです。

あなたのこれまで持ってきたこだわりや、
あなたの求める治療のかたちを伝えようとしないで、
それを医師に理解してもらおうとするのは無理があります。

医師は何でも見抜く魔法使いではありませんので、
この点について遠慮なく伝えていくことは、とても大切なことです。

しかし、このことをしっかり伝えたにもかかわらず、
あなたの気持ちを斟酌しないで、
服薬を強要する医師ならば、迷うことはありません。

彼はあなたにふさわしい医師ではないのですから、
早々に転院をお勧めします。

さらに<あなたのように精神病になったら一生治らないんです。
覚えておいてください>という医師の言葉と、
<本当に治らないのでしょうか>というあなたのご質問について。

この言葉自体、どのような文脈であれ、
発せられてはならない言葉だと思います。

そもそも、これだけ長期にわたりこじれてきたあなたの疾患を、
治る治らないの軸で判断するのは、不毛である気がします。

先に述べたように、私はあなたの病状を完全には把握しきれませんが、
あなたに対し、次のようなことはお話できそうです。

「治る治らないというのは、何をもって判断するかが非常に難しい。

仮に治ったと自覚できるようになっても、
残念ながらまた病状が再燃する可能性は否定できない。

あなたの疾患は慢性病の類で、
闘ったり克服したりという構えではなく、
お付き合いしていくという関わりかたの方が、
今後のあなたの人生に実りが多いように思う。

狭心症や糖尿病は生きている間じゅう薬物を要するが、
治療を続ければ、かろうじて暮らしていくことはできる。

それと同じと考えてはいかがか。

そう考えることができれば、随分気が楽になると思うが」

それにしても、どうしてこうも心通わない精神科医ばかり
登場するのでしょうか。

あなたの語る精神科医は、だれもかれもその顔や心が見えてきません。

私は不思議でなりません。

というのも、私が日頃接している精神科医・心療内科医のほとんど
(たかだか百人ほどですが、
特に選別してお付き合いしている訳ではありません)は、
もっと人情味のある人が多く、
あなたの接しておられる精神科医と
随分かけ離れた存在に思えるからです。

(ただし、私が精神科医療のインサイダーであるため、
欲目に見がちであるかもしれないこと、
私のような同業者へ見せる顔と、患者さんに見せる顔が異なる精神科医が
いるかもしれないことは、否定しきれません)

これには、二つの可能性が考えられます。

ひとつは、あなたがよほど運の悪い人で、
偶然非情な精神科医にばかり出くわしてしまうという可能性。

もうひとつは、あなたが対人関係でうまくいきにくい問題を
抱えておられる可能性です。

(両方折衷ということもありえます)

残念ながら、これまでのところ、
私にはどちらとも判じる決定打がありません。

(「なぜ?」と疑問に思われるかもしれません。

あなたから見れば、これまでの主治医が悪いのは自明なことでしょう。

でもやはり、私にはわからないのです)

しかしいずれにせよ、
今後とも延々続いていくかもしれない精神科医との関わりを
円滑にする必要はあろうと思います。

そのため、問題のありかを探る方法を考えました。

奇襲策ですが、とっておきの方法です。

今回のご相談の文章を、
そっくりそのまま新しい精神科医のもとへ持っていくのです。

ここにはあなたの正直な気持ち・これまでの苦労が
キチンと表現されているように思います。

ですから、普通の精神科医であるなら、
あなたの意を汲んでくれるのでないでしょうか。

そして、あなたの対人関係の持ち方に問題があるかどうかについても、
あなたの文章と実際の会話のギャップを較べることで、
しっかり吟味してくれるのではないでしょうか。

そしてほんのちょっぴり、あなたが勇気をお持ちなら、
あなたについてその精神科医がどのような印象を持っているか、
忌憚なき意見を聞いてみることをお奨めします。

そこから、ほどける何かがあるような気がしてなりません。

そしていい精神科医との”出会い”もきっとそこから始まります。

<このところメニエール氏病と高度難聴にも苦しんでいます。

補聴器を使用してから10年にもなるのに、
いまだに難聴というハンディを受け入れられずにいます。>

それに疾患のお母さんの在宅介護を、
ひとりで引き受けておられるのですから、
本当に大変だ、と思います。

私の直感ですが、
あなた自身の疾患や家庭の状況などさまざまな運命の受容、
そしてそこから発生してくる医師や処方薬との関わりの受容、
そのいずれもがうまくいっていないことが、
あなたの最大の不幸だろうと思います。

しかし、あなたはこうも言っています。

<難聴はあるけれども、この精神状態が治りさえすれば、
頑張ってゆけそうな気がするのです。>

過酷な運命にめげず、前に進もうとするあなたはとても立派です。

精神科医である私は、あなたが精神科医療の側からも
これまで以上に人生の推進力を得ていかれることを、
願わずにはいられません。



熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/
スポンサーサイト





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。