あいち熊木クリニック院長熊木徹夫の精神科無双夢想 ~<あいち熊木クリニック>開設、その後~
院長である精神科医の熊木徹夫と、建築家の筧清澄が、 臨床と建築に対するそれぞれのこだわりを、余すところなく出し尽くす場としてのブログです。


プロフィール

熊木&筧

  • Author:熊木&筧
  • 熊木 徹夫

    2007.07「あいち熊木クリニック」開設


    筧 清澄
    1968 06 10
    1998 筧建築設計開設

    筧建築設計
    名古屋市中村区下米野町3-29
    k-kakehi@za2.so-net.ne.jp
    TEL/FAX 052-451-9976



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『死んだら死んだでそれでいい』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


『死んだら死んだでそれでいい』

        ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(11)~
           

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


Q:私は現在25歳の男です。

無職ですが、ハローワークに通う気力もなく、焦りもありません。

積極的に自殺したいとは思いませんが、死んだら死んだでそれでいい
と思っています。

時々、うつ状態になって人生どうなってもいいやと思い、
酒を飲みながらカッターナイフで自分の肩を切り刻んでいます。
血と傷跡の瘡蓋の臭いが肩からいつもします。

処方薬のハルシオンを缶ビールと一緒に飲んで、
ふらーと気持ちよくなったり、記憶を失ったりもしています。

私の通っていた高校は、県内の進学校で、地元の有名国立大学の合格者を
増やすことを至上命題にしていた学校でした。
テストの上位50人の氏名、クラス、点数、偏差値、出身中学が
張り出されるような校風でした。

私は、高校1年の最初のテストで、学年で一桁の順位をとってしまい、
それ以来、テストでは上位になって名前が張り出されなければならないと
自意識過剰になりました。
また、高校1年の3学期に好きな女性に告白してふられてしまいました。

私が初めて自殺願望をもち、うつ状態になったのは、高校2年の一学期です。
うつという心の病気が存在することも知らなかったので、
それをまぎらわすために酒を飲んだり、
手首をカッターナイフで切ったりしていました。

勉強に集中することができなくなり、成績は急降下しました。
すべてのことがどうでもよくなって、高校中退を真剣に考えましたが、
親に中退したいと相談する勇気もなく、
卒業できるだけの点数を取って高校を卒業しました。

また、高校2年の時にO真理教の事件があって、宗教に入れば、
うつ状態が治るかもしれないと思い、
教祖Aの本や実存主義の哲学の本などを読みました。

高校3年の時に、「完全自殺マニュアル」と「人格改造マニュアル」を
読んでみたら、精神分裂病やうつ病のことなどが載っていて、
自分も心の病気に違いないと思い、
自分ひとりで精神科のクリニックに行きました。

高校卒業後は、親と二人で2週間に1回くらい
精神科に通い続けていました。
医者には、うつ病と診断されました。
几帳面で責任感が強いといった、うつ病になりやすい性格に
自分もあてはまるので、診断に納得していました。

大学生になっても、精神科に通っていました。
大学では、同じクラスの人など、自分の知っている人に会うのが怖いという
一種の対人恐怖症になりました。

3年生からは、ほとんど引きこもり状態でした。
ひとりでいても淋しいとは思わず、むしろひとりでいるほうがラクでした。
出席の必要の無い授業を選んで、テストだけ受けて単位を取得していました。

卒業に必要な単位を取得した後は、家で一日中寝ている日が多くなりました。
うつ状態や自殺願望は減り、無気力で怠惰な状態がずっと続きました。
ひげもそらず、風呂も入らず、テレビをつけっぱなしにしているだけで
集中して見ることもできない状態でした。集中してマンガすら読めません。

何をするのも億劫で、人と会話することも風呂に入ることも
ほとんどしなくなりました。
そして精神科の診察で、自分の状態を話すことさえもめんどくさいのです。

ちなみに、現在の処方薬は以下の通りです。
デパケン400mg、パキシル40mg、アモキサン50mg。リタリン20mg、
ハルシオン0.5mg、ロヒプノール1mg/day

こんなに無気力で集中力もない状態では、働く自信がありません。
社会に出ていけない不安でいっぱいです。

気力を出して社会の中で生きていくには、どうすればよいでしょうか。

私は、ほんとうに、うつ病なのでしょうか。

本で読んだ、「単純性分裂病」にも該当する気が素人ながらするのです。

(うつ病であるなら、抗うつ剤を服み十分な休養を取れば、
それほど長い時間を必要としないで治る可能性が高い
[うつ病の本には、2週間から1ヶ月くらいで治る人が多いとある]
といわれていますが、抗うつ剤を長期間飲んでいるのに、あまり効き目が無い。

高校のときは、妄想や幻聴はなかったが、うつ状態と自殺願望で苦しんでいた。
それが今では、どんどん自閉的で無気力な状態になっている。

仕事も遊びもしたくないという心理状態や、
ほとんど一日中家にひきこもっているという自閉的生活を、
退屈とも苦痛とも思わない。

これらを考えあわせると、純粋なうつ病の症状ではなく、
これらは精神分裂病の陰性症状のような気がして、
ひょっとして自分は妄想や幻聴を伴わない単純型分裂病なのではないか
と考えるようになったのです)

以上の二つの質問、よろしくお願いします。


A:ここではとりわけ診断が重要ですね。

というのも、診断が違えば、治療の方向がまったく異なってくる
ようなケースだと考えられるからです。

しかし、お会いしたことのないあなたについて診断を下すのは、
この場合なかなか難しい。
微妙なところが、診断に影響しそうだからです。

よって推定ではありますが、とりあえず語りだしてみることにします。

<私は、ほんとうに、うつ病なのでしょうか。
本で読んだ、「単純性分裂病」にも該当する気が
素人ながらするのです。>

まず、うつ病についてですが、これは違うような気がします。
それには、いくつか根拠があります。

(1)十代なかばのうつ病の発症は極めて珍しい。

(2)うつ病になる人に特徴的な”あとのまつり(「ポスト・フェストゥム」
といいます)”といった心性が、どこからも感じ取れない。

(3)内因性精神病のうつ病から、ひきこもりに推移することは
あまりない現象である。

(4)もしこれがうつ病とするなら、病期があまりにも長すぎて(10年!)
典型的なものとはいい難いこと。

(5)抗うつ薬が効いているようには思われない。

説明していきます。

(1)近頃、思春期の男女が”うつ”を訴え、精神科に来院するケースが
増えていますが、大抵それは”生きづらさ・暮らしづらさ”といった
ようなものであり、典型的なうつ病の訴えとは質が異なっています。

(2)”あとのまつり”とは、もう何をやっても無駄だ、と
完全に人生をあきらめてしまうような態度・思考を指していいます。

うつ病の人の訴えは、とても単調で、自分は悪い人間だ、
きっと死にいたるような病気にかかっている、貧乏でもうだめだ、
といったようなもので、あまりバリエーションがありません。
そしてそこには葛藤のあとをあまりみてとることができません。

それに対しあなたには、そこかしこに”往生際の悪さ”
(言い方が悪いですが)が見られ、人生をあきらめきっているようには、
どうしても見えません。
(後述するように、そこに”見込み”を感じます)

そして、こころのうちに様々な葛藤を秘めており、
そこからくる身を焦がすような思い・その思いが結局遂げられず
憔悴しきっている様など、特有の”病状”を呈しています。
これは、思春期で”うつ”を訴えてくる人々にも共通するものです。

(3)(4)(5)大抵のうつ病の人は、あざやかな治り方をします。

<うつ病であるなら、抗うつ剤を服み十分な休養を取れば、
それほど長い時間を必要としないで治る可能性が高い
[うつ病の本には、2週間から1ヶ月くらいで治る人が多いとある]
といわれています>と、あなたが指摘されているとおりです。

治ってしまった後に、かつて訴えていたようなこと(自分は悪い人間だ、
きっと死にいたるような病気にかかっている、貧乏でもうだめだ)は、
まるでなかったかのように、ぴたりと言わなくなります。

(考えなくなるのではありません。その証拠に病状が再燃すると、
やはり同じ訴えをするようになることが多いですから)

治りにくいうつ病(難治性うつ病)もあるにはあるのですが、
それでもある程度の量の抗うつ薬を使用すれば、
それなりに病状が改善するものです。

ひきこもりに至る人々は、経過はどうあれおしなべて
自尊感情が著しく低下し、容易に改変されませんが、
治ってしまったうつ病では、そのようなことはありません。

自尊感情の低落こそが、ひきこもりに至る人々の”病状”を遷延させる
おおもととなっているものです。

このように、難治性うつ病の”こじれ”と、
ひきこもってしまった人の”こじれ”では、質が違います。

抗うつ薬を自動車のアクセルに例えるなら、
難治性うつ病の”こじれ”とは、トランスミッションギア(変速装置)が
うまく噛み合わず、動力が伝えられない状態、
それに対し、ひきこもってしまった人の”こじれ”とは、
トランスミッションギアが変に噛み合って、
異音を発しているような状態とでもいえましょうか。

あなたの服用されている薬物は以下のとおりです。
<デパケン400mg、パキシル40mg、アモキサン50mg。リタリン20mg、
ハルシオン0.5mg、ロヒプノール1mg/day>

あなたの場合に限りませんが、その担当医がその病状をどのように
捉えているかを知るのに、処方薬物ほど格好のものはありません。

ここではパキシル・アモキサンという発動性を上昇させることが
主目的となる抗うつ薬が併用(パキシルは極量)されており、
それに、リタリンという難治性うつ病にまれに用いる
精神賦活薬まで使われています。

デパケンは抗てんかん薬ですが、やはり難治性うつ病にも使用することが
ありますので、ここではその目的で入れられているのでしょう。

これらから、主治医はあなたのやる気を何とか持ち上げようと
躍起になっている様が、見て取れます。

ついでにいうなら、このような”ややこしい処方”から、
あなたと主治医の長年の苦闘のあとが読み取れます。
最初にこんな処方を作ろうとする精神科医は誰もいないからです。

しかし残念ながら、この処方であなたが治ってきているようには
見えません。先ほどの例えでいうなら、今のあなたにふさわしい”変速”が
たまたまできていないだけなのか、あなたが何らかの理由で
変わってしまってギアが最早うまく噛み合いようがない
(薬だけでは治らないようになってしまっている)のか。
(ここではおそらく、後者だと考えられます。)

よって、仮にうつがあるとしても、それが病気の本体ではなく、
ひきこもり状態に続発する抑うつ気分と考えるのが妥当ではないでしょうか。

(ただ「うつ病」と診断した最初の主治医を、
決して責められないと思います。

あなたの病状を説明するには、特殊な経験と知識を要するでしょうし、
このような関わりも主治医の”良心”に基づくものだと
解釈できるからです。)

精神分裂病(統合失調症)の単純型(あなたのいわれる「単純型分裂病」)
も当てはまらない気がします。

というのも、これだけ筋道立てて自分の”病歴”を語れる
精神分裂病の方は、ほとんどいないからです。

また精神分裂病の患者さんは、他者との関わりを
これほどまでには切望しないです

(他者に関心がないという訳ではありません。
自分の内に”侵入”されるような感じを強く忌避するのです。

それはあなたがきっと感じているであろう
他者に受容されないかもしれない恐怖とは、
根本的に違うものだろうと思います)

<仕事も遊びもしたくないという心理状態や、
ほとんど一日中家にひきこもっているという自閉的生活を、
退屈とも苦痛とも思わない。>

このようにあなたは言われていますが、本当ですか。

退屈ではないに違いないですが、相当苦痛を感じられているはずです。
(長年にわたり、その感情を抑圧してこられたかもしれませんが)

ゆえに、確かに単純型分裂病と”表現型”は似ていますが、
やはりこれも違うと思います。

ではいったい診断は何?

確かに鑑別は難しいのですが、ここでは「社会的ひきこもり」
という診断を採用したいと思います。

これは近頃、精神科医の斉藤環氏などが、提唱されている診断名です。

氏は、<二十代後半までに問題化し、6ヶ月以上自宅に引きこもって
社会参加しない状態が持続しており、他の精神障害が第一の原因とは
考えにくいもの>という概念化をしています。

これは「不登校」などと同じで、ひとつの症状・現象名であって、
いわば病名ではありません。
すなわち相当広範にわたる現象を、
ひとくくりにしている可能性があります。

なのになぜ、これを採用するのか。

それは、「社会的ひきこもり」という概念は
ただ取り出されるためだけのものではなく、
一緒に治療戦略を備えているからです。

(詳しくは、「社会的ひきこもり」斉藤環(PHP新書)を参照)

ここでは、同書より「社会的ひきこもり」の特徴を
いくつか取り出してみたいと思います。

あなたの記述のなかには、家族のことがあまり出てきませんが、
(<親と二人で2週間に1回くらい精神科に通い続けていました>と
あるくらいです)
思春期的問題のクリアでつまずいた長男に典型的な病である、
といった指摘があります。

仕事熱心な父・教育熱心な母という構図の見られる、
一般に中流以上とされる家庭でよく生じているとも。

それ以外に、
==
母との共依存関係(様々な”利益”を介したもたれあいの関係)
があり、これが「ひきこもり」の悪循環を引き起こすもととなる。

「ひきこもり」は、傷ついて引きこもることでさらに傷つく
悪循環のシステムで、ひとたび起こると自然治癒は難しい。

外傷やストレスは他人から与えられるかもしれないが、
同時に他人からの援助なくしては、外傷からの回復もありえない。

本人のみならず、やがては家族も社会からひきこもってしまうような
相似形の状況を成してしまう。
==
など本人の精神病理・家族病理を鋭く描き出しています。

これらのすべてとはいわないまでも、
ある程度思いあたるところがおありなのではないですか。

(ただこれらが当てはまるからといって、家族をうらんではいけません。

このような家庭環境はきっと日本中にあり、
あなたが期せずして”穴”に落ちてしまったのだと考えられるからです

それにこのような両親は、概してとても良心的で、
責め立てるのはあまりにも酷だと思います。

それにうらんだところで不毛で、
何ら解決の糸口を見つけ出すことはできません。

もちろんあなたは十分に理性的な方だろうし、
そのようなことはないと思いますが)

この観点から、あなたのこれまでの経過を
もう一度洗いなおしてみたいと思います。
(ここにはもちろん私独自の推理が入ってきます)

先にこのような記述があります。
<無職ですが、ハローワークに通う気力もなく、焦りもありません。>

また終わりの方で、このような記述も目に付きます。
<こんなに無気力で集中力もない状態では、働く自信がありません。
社会に出ていけない不安でいっぱいです。
気力を出して社会の中で生きていくには、どうすればよいでしょうか。>

これは一見矛盾するようですが、実はそうではありません。

これだけ精緻な論の運びができる知性的なあなたですから、
論述のほころびに自覚的でないはずはありません。

あなたの葛藤のひとつが、分かりやすい形で
浮かび上がっていると考えるべきなのでしょう。

<私は、高校1年の最初のテストで、学年で一桁の順位をとってしまい、
それ以来、テストでは上位になって名前が張り出されなければならないと
自意識過剰になりました。
また、高校1年の3学期に好きな女性に告白してふられてしまいました。
私が初めて自殺願望をもち、うつ状態になったのは、高校2年の一学期です。>

小さい頃から、回りの人々より寄せられる強い期待。
完璧主義のあなたは、それほどの挫折体験もないまま、
そういった期待に応えつづけ、どんどん自己愛を肥大化させてゆく。

否が応でも、世間体を気にしない訳にはいかなくなり、
ますます引くに引けなくなる。

知的なあなたにとり、テストは自分の力で十分コントロール可能なもの。

しかし、異性への愛情が受容されない体験は、いたく身に応えたはず。

恋愛は自らの努力だけではいかようにもコントロールし難いもの、
思春期の最大の関門。

ここでこれまで肥大化させてきた自己に対する幻想が、
一気に崩れたものと考えられます。

(このあたりは、きっとあなたにとり自明なことでしょう。

おそらくそれまでにも、努力を尽くしてもどうにもならないものが
待ち受けているという予感は、うすうすあったはずです。

これがいわば”長男”に象徴される課題なのでしょう)

このような挫折に”免疫”がないあなたには、一気に「自殺願望」が芽生え、
そして「高校中退」まで思い詰めるようになります。

<うつという心の病気が存在することも知らなかったので、
それをまぎらわすために酒を飲んだり、
手首をカッターナイフで切ったりしていました。>

そして現在のあなたは、
<時々、うつ状態になって人生どうなってもいいやと思い、
酒を飲みながらカッターナイフで自分の肩を切り刻んでいます。
血と傷跡の瘡蓋の臭いが肩からいつもします。
処方薬のハルシオンを缶ビールと一緒に飲んで、
ふらーと気持ちよくなったり、記憶を失ったりもしています。>

近頃、リストカッター(広く、自らの体を刻む人)は多くなりましたが、
強いていえば、2タイプあるように思います。

生きている実感が乏しく、リストカットでそれを確かめる人。
切っている時は忘我の境地にあり、俗世の苦しみからしばし逃避できる。
(とはいえ行為の後、耐え難い虚無感が待っている)

生きるに値しない自分に絶望してしまっているため、
その自分を虐げ、貶め、懲らしめることで、
かろうじて生きる”恥”に耐えている人。
死に直接結びつくようなことはしないが、
自己存在に”深手”を負わせるような”緩徐な自滅行動”を常態化させている。

あなたは後者だと思います。

ここまできてしまうのは、ある意味相当重症です。
おそらく、ここに至る経過は決して短いものではないはずです。

<高校中退を真剣に考えましたが、
親に中退したいと相談する勇気もなく、
卒業できるだけの点数を取って高校を卒業しました。>

<出席の必要の無い授業を選んで、テストだけ受けて単位を取得していました。>

これはあなたの頭のよさ・如才なさが災いしましたね。

問題が顕在化するのを先送りにする結果を招いてしまいました。

いつもいつもあなたに重苦しくのしかかるおびただしい”自由”時間を、
何とかやり過ごすそんな日々。
そんななか、どうしてこうなったのか、延々考えあぐね、
自責と他責の間で煩悶する日々。

自分が無気力だ、虚無だというようになる前に、
十二分に気力を振り絞ってきたのではなかったか。
生きるエネルギーを消尽した果てが、今の姿なのでは。

しかし同時に、次の点を高く評価しなければなりません。

通常、内省的になる余裕がもてず、精神科的治療を拒むケースが
圧倒的に多いなか、つとめて冷静に自分の現状をみつめ、
結果自らすすんで精神科クリニックに赴いたこと。

こじれにこじれた状況では自棄的になり、退行して家族などに暴力を振るう
ようになることが多いのに、ここでも自制が効いているようであること。

これはまさに、あなたの知性と理性の賜物だろうと思います。

そして、何よりもこのような相談をこのような場にもちこんでくる勇気は、
あなたの将来がまだ絶望に塗りこめられていないことを、示唆しています。

<人生どうなってもいいや>

<気力を出して社会の中で生きていく>

このようにあなたの語る”人生””社会”という言葉は、
まだ具象性を帯びていません。曖昧なままの”人生””社会”。

でもこれは無理からぬことです。

あなたは、大きな”人生”や”社会”を相手にする必要はありません。

今あなたが向かっているパソコンのディスプレイからでも、
社会と接点を持つことはできます。
これだけの自己表現ができる訳ですから大丈夫、身近なところでいいので、
理解者を増やす努力をしましょう。

あなたの”これまでの苦しみの総量”が、あなたの人生の負債ではなく、
ゆるやかなリハビリに耐える強い杖として
あなたを支えていくことを願ってやみません。



熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/
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