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あいち熊木クリニック院長熊木徹夫の精神科無双夢想 ~<あいち熊木クリニック>開設、その後~
院長である精神科医の熊木徹夫と、建築家の筧清澄が、 臨床と建築に対するそれぞれのこだわりを、余すところなく出し尽くす場としてのブログです。


プロフィール

熊木&筧

  • Author:熊木&筧
  • 熊木 徹夫

    2007.07「あいち熊木クリニック」開設


    筧 清澄
    1968 06 10
    1998 筧建築設計開設

    筧建築設計
    名古屋市中村区下米野町3-29
    k-kakehi@za2.so-net.ne.jp
    TEL/FAX 052-451-9976



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『5分ごとのナースコールで病棟パニック』
こんにちは、あいち熊木クリニックの熊木です。

「あいち熊木クリニック」のご紹介

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『5分ごとのナースコールで病棟パニック』

           ~ 精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」(4)~
           

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Q:今年3年目になる内科看護師です。

ここに相談するのは場違いかもしれませんが、
先生のご本『精神科医になる』の4章にある
「看護婦の内なる葛藤」を読んで、
わかってもらえるのではないかと思い、
思い切って尋ねてみることにしました。

患者さんは70歳、男性。
脳梗塞を患われた後、後遺症が残ってしまわれた方です。
家族が懸命に介護されたけれど、疲れ果て、
私たちの病院にやってきました。

入院するなり、まさに5分ごとのナースコール!
呼ばれて駆けつけても、まるで何もなかったように
しらばっくれています。いくらいけないと説明してもダメです。
言葉が理解できているのかいないのか、定かではありません。
たまに応じないと、ベットから転がり落ちようとします。

また、この方のコールだけでなく、
他の患者さんのコールも同じ音色なので、
本当に緊急のコールに対して適切に対応できなくなるのではないか、
という心配もつきまとっています。
そのためいつも看護師たちはビクビクしどおしです。

挙句、この患者さんの看護をめぐって、
病棟でスタッフ間の対立が起きてしまう始末です。

みんなあれこれ思案していますが、いい考えが浮かびません。
スタッフみんながとても疲れてきています。
どうしていけばいいでしょう。お教えください。


A:このケースでは、いろいろ複雑な問題が絡み合ってきています。
まずそれをいくつかの要素にほどいてみましょう。

(1)この患者さんには、どこまで話が通じているのか。
そして、どこまで言って聞かせることが可能か。
(2)具体的にスタッフはどう対応すべきか。
(3)スタッフ自身のこの患者さんの<受容>の問題。家族との関係は?
 
まず(1)です。

不幸にも脳梗塞になりその後遺症をひきずる患者さん、
こういった方は結構たくさんおられます。
しかしその症状の出方は一様ではありません。
それは、障害された脳の部分に応じたものだからです。

身体の各所にマヒが起こってくる場合、そして痴呆が起こる場合もあります。
このような痴呆を「脳血管性痴呆」と呼び、
症状の出方の特徴から「まだら痴呆」と呼ぶこともあります。

(有名な「アルツハイマー性痴呆」は脳全体の機能が減退することが多く、
初期症状が「脳血管性痴呆」と異なります。
「まだら」というのは「アルツハイマー性痴呆」の症状発現の形と
比較してそういうのです。
上に挙げた2つの痴呆は代表的なものですが、
もっと違ったタイプのものもあります。
けれども、症状が進むといずれの痴呆も似た病像を呈するようになり、
だんだん区別がつかなくなってゆきます)

この患者さんも何らかの痴呆はあるようです。
ただしご質問内の記述では、脳のどの部分が障害され、どの程度のものか、
にわかには判断できません。

この場合、脳機能障害の程度を知るために
「神経心理学的検査」が施される場合もあります。
ひょっとすると、あなたの病院でも既に行われているかもしれません。

この「神経心理学的検査」、これまで精緻に積み上げられてきた体系があり、
ある程度信頼性が確保されているのですが、ひとつ大きな弱点があります。
それは患者さんが検査に”意欲的”に取り組んでくれないと、
脳障害の程度が正確にデータとして反映されてこないのです。
すなわち脳に”意欲”の障害がある場合や、単に患者さんにやる気がない場合、
あまり意味がない訳です。
ですから、実際に臨床現場で役にたつ情報は、
家族やスタッフがコミュニケーションをとった上での「実感」
しかない場合もよくあります
(このケースは、そのような場合にあてはまるのではないでしょうか)。

ところでこの患者さん、
<何か>は通じていますよね(それはお分かりだと思います)。
けれど、<何か>は通じているのに、スタッフは思うに任せない。
なんともいえないジレンマがある訳です。
これは「植物状態」の患者さんに対してあるであろう<通わなさ>とは
違う種類のものであるはずです。

[入院するなり、まさに5分ごとのナースコール!
呼ばれて駆けつけても、まるで何もなかったように
しらばっくれています。いくらいけないと説明してもダメです。
言葉が理解できているのかいないのか、定かではありません。
たまに応じないと、ベットから転がり落ちようとします。]

この記述でも分かる通り、あなた達スタッフは明らかに苛立っており、
患者さんは自分が意図的に相手を苛立たせていることを理解しています。
この<あまのじゃくさ加減>は、ほんと小憎らしいほどです!

ただこのようないびつな形でしか構ってもらえない(と思っている)
この患者さんの不幸はいかばかりでしょう!
まず、この点を理解しておく必要があります
(スタッフが患者さんをどう受容するかという問題については、
後述します)。

したがって、この患者さんはスタッフのいうこと
(少なくとも、スタッフの示す表情がもつ意味)は
ある程度理解しているはずです。
現時点では、この<あまのじゃくさ加減>ゆえ”言って聞かせる”のは
逆効果になるでしょう。

(2)と(3)は互いに関連のある問題です。
というのも、患者さんへの”ふさわしい対応”を決定づける要素として、
スタッフ自身のこころの持ち方が重要になるからです。

この点において、拙著『精神科医になる』の第4章の記述が関わってきます。
つまるところ、「しつけるか」「暖かく包み込むか」を決めるには、
何が正しいかではなく、
何が関わった人々(ここには家族はもちろんのこと、スタッフも含まれます
)のこころの安寧につながるかということこそ肝心なのです。

家族が、矢折れ弾尽きたため、かわって戦線に赴くというのではなく、
お互い<愚痴>を言い合う機会が持てるといいと思います
(主治医がその中に入ってくれると、なおいいでしょう)。

患者さんの悪口をいうのではありません、<愚痴>を言うのです!
これこそ許容できにくい理不尽を許容するための処世術です。

患者という名詞は、英語にすると”patient ”
すなわち我慢強いという形容詞になります。
大概の患者さんがあらゆる意味で我慢強く、
われわれ医療関係者も当たり前であるかのように、そのことに甘えています。
このようなケースは、そのことに気づかせてくれます。

いかなる患者さんも、われわれに都合の良いようには、我慢強くありません
(もちろん、この患者さんだって別の意味での我慢をしています)。
ある意味、われわれを鍛えてくれているのかもしれません
(もうひとつ重要なことを付け加えるなら、
いかなることもエンドレスではありません。
スタッフにとっても、家族にとっても、そして患者さんにとっても)。

最後に先述したように、こういったケースの対処に
あまり”戦略性”を持ち込んでも成算はありませんが、
迷走状態にある不安から抜け出すために、
今後どうしていくのかという”目安”を確認するのは悪くないでしょう。

ただそれは患者さんのためにではなく、
あなた達スタッフのために、ということです。
そしてそれはあくまで”目安”であり”目標”ではありません。
くれぐれも完璧を目指しすぎませんよう。



熊木徹夫(あいち熊木クリニック<精神科医・漢方医>)
あいち熊木クリニックのサイト:http://www.dr-kumaki.org/
臨床感覚の広場のサイト:http://www.dr-kumaki.com/
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